薬学博士であり、厚生労働省では新医薬品課長などを経て現在は(一財)医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団理事長を務める土井脩氏。6月19日に六本木で開催された「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2018 Tokyo (NCC)」の講演の中では新しい技術や、それを利用したサービスについて「サイエンスに基づいてイノベーティブな技術を国民の中に入れていくことが大事」だとの基本認識を示した。
新しい治療法や新薬の開発を目指すスタートアップも、その真価や安全性が理解され、正しく社会に受け入れられるまでが大変。許認可を行う行政官は正しいサイエンスの知識の裏付けをもって、本来は『1+1=2』ではない判断をしなければならない」のに、自分に責任が来ないように杓子定規な判断を行うことも多いという。その結果イノベーションが阻害されることになる。また、イノベーションの及ぼす影響について国民の間に正しい理解が浸透していないがために、国民感情に過度に配慮することとなり、規制緩和をためらうといった例も散見される。
講演後に行われたインタビューの中で、土井氏はこういった状況を招かないためにスタートアップが気をつけるべきことのひとつとして、メディアとの付き合い方をあげた。
メディアの取材者は、技術の専門家ではないので、成果を大きく見せたり騙したりすることはできるが、一方で大きくしすぎた話のどこかに綻びが見つかると、「騙された」と感じ、負のイメージが大きくなる。
「マスメディアは新しいことにはすぐ飛びつきますが、なにか失敗あったらすぐに叩かれます。叩かれたことの方が読者の印象に残るので、そのマイナスのイメージが社会に取り入れられることの障害になるのです」(土井氏)
研究者の仲間に理解をしてもらうことは難しくない。しかしメディアを通して国民に正しく理解してもらうことは、手間と時間がかかることなので、ついおろかになる。だが面倒がらずに「メディアに正しく理解してもらうことを通じて、シンパを作り仲間をひろげていくことが大切」というのが土井氏のアドバイスだ。
スタートアップ側には、イノベーティブな取り組みに対しての規制緩和が進まないことに対する行政への不満も根強い。インタビューの中で行政と民間とのコラボレーションは可能かと聞くと、土井氏は「行政のみんながみんな保守的というわけではない。ただ新しいことにチャレンジする人は潰されてしまい。責任ある地位につくことは難しい。(官庁の中には)サポートしてくれる人もいないので、外からサポートしてあげてほしい」とイノベーションに理解がある行政官を応援してほしいと話した。行政側の窓口となる人材を民間が盛り立てていくというのは、立場の弱いスタートアップからすれば、逆なような感じもするだろうが、行政の現場を熟知している土井氏ならの指摘だ。
メディアとの相互理解、行政との関係構築など困難なことばかりだが「とにかく地道な努力を続けてほしい」というのがこの日の土井氏から日本のスタートアップへのアドバイスだった。