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キャンセルされた宿泊予約の売買で“三方良し”のビジネス 「Cansell」海外展開へ

Cansell代表取締役の山下恭平氏

Cansell代表取締役の山下恭平氏

 夏の旅行シーズンに向け、ホテル予約サイトで宿泊先を探している人も多いだろう。施設や料金を比較し、予約ができるホテル予約サイトは、便利なサービスとして広く普及している。だが手軽に予約できるがゆえに発生するキャンセルは、宿泊施設側を悩ませている。一方で、予約時に支払いが発生する宿泊プランも多く、急な予定変更で宿泊できずに不利益をこうむる利用者も少なくない。

 こうした現状の課題を受けて、宿泊予約のキャンセルにまつわるトラブル解決を担い、旅行業界に静かな変革を起こしつつあるスタートアップ企業がある。2016年に創業し、インターネット上で宿泊予約を売買できるサービスを展開してきた「Cansell(キャンセル)」だ。

 同社が運営するサイトでは、急な予定変更などで不要となった宿泊予約を出品したり、買い取ったりすることができる。例えば、キャンセル料が2万円かかるホテル予約を1万円で出品し、買い手がついたとする。出品者はキャンセル料が実質半分で済んだことになり、買い手は安くホテルに泊まれる。さらにホテルは空いてしまったかもしれない部屋が埋まる。

インタビューに答えるCansell代表取締役の山下恭平氏
インタビューに答えるCansell代表取締役の山下恭平氏

 この、出品者、買い手、ホテルの3者にメリットがある“三方良し”のサービスは大きな反響を呼んだ。サービスを開始してから3年、Cansell代表取締役・山下恭平氏は、「土台作りはほぼ終了し、これからは一気にユーザーを獲得していくフェイズに入った」と自信をのぞかせる。

※ ※ ※

 宿泊予約を売買するサービスはどのような経緯で生まれたのだろう。

 新卒でSI(システムインテグレーター)会社に入った山下氏は、すぐにベンチャー企業「ドリパス」(※)に転職する。そこで“経営以外のこと全て”を体験した後、自身で起業を決意する。ただしその時点ではCansellとは違うサービスでの起業を考えていたという。

※映画館と提携し、リクエストが多い映画(旧作)を上映していたベンチャー企業。2013年にYahoo!が買収。現在はTOHOシネマズが運営している。

「もともとインバウンド向けのグルメサービスを始めようとしていて、社名も『グルメハント』でした。ただいろいろ進めていく中で難しいと思い直したのです」

 山下氏が起業を考えていた当時、訪日外国人客数は伸びていたが、それでも年間2400万人(2016年当時)規模だった。毎月に換算すると200万人ほどにしかならない。スタートアップが、この規模の業界で成長するのは難しいと判断したという。

「他に旅行業界で皆が困っていることはないかと考えたときに『キャンセル料』に行き着きました。キャンセル料のことは皆知っていますし、キャンセルが発生すると皆が困る。だったら、この課題にアプローチする価値があるんじゃないかと考えたのです」

 山下氏は2016年9月にCansellのサービスを開始した。その4ヶ月後に、共同創業したメンバーと共にデジタルガレージが主催するシードアクセラレータープログラム「Open Network Lab」に参加する。3ヶ月間のプログラムで事業内容を練り上げると共に、修了時のピッチ大会で、Best Team Award(ベストチーム賞)とAudience Award(観客賞)を受賞し、事業に弾みをつけた。

旅行業界のニッチな領域

 優れたビジネスアイデアを持つスタートアップはたくさん存在する。だが事業を開始できたとしても、初期ステージから抜け出せないスタートアップも多い。その中で、山下氏らはどのようにこの初期段階をくぐり抜け、事業拡大に至ることができたのだろうか。

 その理由のひとつは「戦略を緻密に立てたこと」だと山下氏は話す。

「『こうやって、こう進めていけば、こうなるよね』といった戦略を最初に立てていて、後はそれを粛々と進めているだけです。今軌道に乗っているということは、最初に(戦略とともに)考えた課題を確実にクリアできている状態なのだと思います」

 とは言うものの、予約した権利を売買するというビジネスには、関係者の利害や業界の意向など、配慮が必要な事項が数多くあることは想像に難くない。同社が順調に事業を拡大できているのは、これまで宿泊業界との良好な関係性の構築を心がけてきたためだ。関係構築の軸としているのが、集客やキャンセルで問題を抱えるホテルや旅館向けの「Cansellパートナープログラム」。入会した宿泊施設は、キャンセル料を請求しているのに客から払ってもらえない場合にキャンセル料の一部を保証してもらえるほか、公式サイトの集客に困っているときにCansellのサイトから送客してもらえるといったサービスを受けられる。

「放っておくと宿泊業界から敵視されてしまうので、リリースやサイトの文面、日々のコミュニケーションを含め、『味方ですよ』ということを丁寧に伝えてきました。良好な関係の構築に3年かかりましたが、今は宿泊業界も我々のことを認めてくれるようになりました。宿泊予約の出品者や買い手だけでなく、宿泊施設側の課題も解決しつつ、我々のサービスを発展させることが重要だと考えています」

 旅行業界にはいわゆる“巨人”と呼ばれる大手ホテル予約サイトが複数存在するが、そことの関係はどうなのだろうか。山下氏は「競合になりえない」と分析する。

「基本的にキャンセル料に関するサービスはニッチな領域です。大手にとってみれば、リスクも高くてこの狭い領域のサービスに携わるよりも、既存事業を伸ばす方が100倍効率が良い。仮にこのサービスが大きく伸びていくのであれば、大企業側からすると僕らを買収した方が早い」

 こうした旅行業界内の各ステークホルダーのニーズや事情を含めて緻密な戦略を立て、事業拡大のフェイズへと進んできたと山下氏は話す。

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 現在、Cansellはサービスのグローバル展開を目指し、年内に英語サイトを立ち上げようと準備を進めている。

「英語サイトを立ち上げると、少なくとも英語圏の人は使えるようになります。一度仕組みを作ってしまえばそこからは早いので、中国語サイト、フランス語サイトとどんどん対象を広げ、欧米圏、アジア圏などさまざまな地域の人がクロスして宿泊予約を売買できるようにしていきます。」

 山下氏は起業するにあたり「一日でも長く、人に必要とされるサービスを作りたかった」と話す。Cansellの社名には「宿泊」や「ホテル」といった言葉が入っていない。その理由を聞くと、予約売買の仕組みを、飛行機の座席予約やレストランの予約など広く横展開することも視野に入れているからだという。

 旅行業界の大手が手を出さなかったニッチな領域に、息の長いビジネスの種が隠れていたようだ。

庄司健一 Written by
有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。