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手のひらの温もりで電気を生み出す「微小温度差発電」はセンサーの強い味方

NIMS熱電材料グループ主任研究員 高際良樹氏

NIMS熱電材料グループ主任研究員 高際良樹氏

 自動運転やスマートホーム、ロボット……。スマート社会の実現には、膨大な数のセンサーが必要になる。そこで避けられない課題がセンサーへの安定的な電源供給だ。実用面から考えると、外部からの給電やメンテナンスの必要がない自立電源が理想的といえる。その条件を満たすのが「微小温度差発電」の技術だ。

 今年(2019年)8月にNIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)、アイシン精機株式会社、国立大学法人茨城大学は共同研究の成果として「室温動作が可能な温度差発電モジュール」の開発成功を発表した。同研究はNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)先導研究プログラム、エネルギー・環境新技術先導研究プログラムの成果だ。研究の中心メンバーNIMS熱電材料グループ主任研究員 高際良樹氏にお話を伺った。

 高際氏によると、温度差発電の技術自体はすでに存在していたものだ。しかし、これまで広く普及するに至らなかった大きな理由のひとつは「材料」の問題。従来の温度差発電に使用する材料は希少元素や毒性元素、重元素を含んでいた。つまり材料となる鉱物が枯渇する可能性が高い上、毒性があるため廃棄が困難だった。また、酸化しやすいという弱点もあり、長期間電源として利用するにはリスクも高かった。

 また、これまでの温度差発電技術では500度もの高温環境の準備が必要だった。このような高熱下にでは機械の接合部が壊れてしまう可能性が高い。さらに高温環境で発電を行うモジュールが、周囲の装置や施設に影響を及ぼさないように冷却するための電力が必要になる。そしてその発電規模が大きければ大きいほど、冷却に必要なエネルギーも大きくなるというジレンマが生じる。

小さいなりの活用方法

 センサーが必要とするのは分散型の小さな電力だ。そこに高際氏はブレイクスルーを見つけた。「何も大きな発電所を作ろうという話ではありません。使用温度領域を200度以下に下げると熱で接合部が壊れるといったことがなくなります。逆にその分発電量が小さくなるのですが、センサー等の電子デバイスを動かせればいいという用途があるわけです」(高際氏)そうなると、次は従来型材料に変わる材料を発見すればよい。

原料となる(左から)鉄・シリコン・アルミニウム
原料となる(左から)鉄・シリコン・アルミニウム

 MI(マテリアルズ・インフォマティクス:人工知能を活用した材料探索)を活用した材料探索においてNIMSはわが国でも最先端の組織だ。高際氏は、従来型材料に代わる新しい物質とその最適な組み合わせについて研究を続け、ついにその材料を発見する。「今回の温度差発電に使用する材料は、鉄(Fe)・アルミニウム(Al)・シリコン(Si)というありふれた物質(元素)の組み合わせによるものなのです」(高際氏)

 この地球の地殻に存在する元素の中では、酸素を除けば、鉄、アルミニウム、シリコンが存在量の多いベスト3であり、資源枯渇の心配がほとんどない、ゆえに材料コストが従来の温度差発電の5分の1で済むという。また、毒性を含んでいないので廃棄物として処理しやすい。高際氏はこの「鉄-アルミニウム-シリコン系熱電材料」をFAST(Fe-Al-Si Thermoelectric)と命名する。「FASTは耐酸化性と熱安定性に優れていることも確認できました」

手のひらサイズの発電用モジュール

 高際氏らはFASTをセンサー用自立電源として使用するための小さなモジュール化に成功する。「発電用モジュール開発にはアイシン精機(登別事業所)の持つ冷却用ペルチェモジュール化技術が大きく寄与しました」(高際氏)

微小温度差による熱電発電モジュール(右)FAST材料(左)
微小温度差による熱電発電モジュール(右)FAST材料(左)

電発電モジュールを組み込んだデモ機には、FAST材料を用いた熱電発電モジュール、温度・湿度のセンサー、ブルートゥースローエナジー(BLE)モジュール、キャパシタ(蓄電装置)が組み込こまれている。このモジュールを手のひらに置くと体温と室温との温度差で電流・電圧が発生。それをキャパシタに蓄電する。ある程度蓄電できたらその電力で間欠的なデータ送信を行う。

「ではやってみましょう」高際氏はデモ機(黒いケース)に手を置きするセンサーの情報をタブレットに送信して見せた。体温が36度として、室温が26度とすると10度の温度差で発電ができたわけだ。「実際には5度温度差でもセンサーデバイスを駆動させることができます」発電自体はわずかでも温度差さえあれば可能とのことである。『微小温度差発電を用いたIoTセンサー用自立電源』と言うべきか。この5度の温度差が3度、2度でもセンサーデバイス駆動を可能にしていきたいと高際氏は話す。

手のひらの温度差を利用して発電
手のひらの温度差を利用して発電

 実際の使用イメージだが、たとえば既存の電柱にセンサーと熱電発電モジュールを埋め込んでいく。コンクリートと外気との温度差で十分に発電は可能であり、理論上はメンテナンスフリーでセンサーが稼働し続けることができるという。「モジュール開発の次は、これからは半導体業界と協働し、システム化を加速したい。そして大量生産技術を構築して、社会実装に向けて動ければと思います」実際にいくつかの協業が進んでいるとのこと。「いつからとは現段階で言えませんが、社会からのニーズが強ければ強いほど、社会実装の時期は早まるでしょう」

 体温でセンサーが駆動するのならば、この『微小温度差発電を用いたIoTセンサー用自立電源』は、ウェラブル端末などさまざまな用途が考えられる。ありふれた物質の組み合わせが次の時代の救世主になるかもしれない。

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ライター、著者。有限会社ガーデンシティ・プランニング代表取締役。ICT関連から起業、中小企業支援、地方創生などをテーマに執筆活動を展開。著書に「マンガでわかる人工知能 (インプレス)」など。