2011年の東日本大震災以降、地震被害に大きく影響する地下の地質特性に高い関心が集まっている。マンション・住宅の建築や、都市インフラ整備を進めるうえで、地下構造は極めて重要な情報となる。
これまでの一般の地質図では、平面上に地層の分布が色分けして表現されるだけで、専門的な知識がないと、地下の地層構造を立体的(直感的)に把握することが難しかった。
そこで国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下、「産総研」)の地質調査総合センターでは、次世代地質図として、ウェブサイト上で地下構造を立体的に表現する「3次元地質地盤図」の作成を開始。2021年5月には、その「東京23区版」を完成させ、一般公開した(※)。同サイトでは、マップ上では地質を色分けした平面図以外にも調査地点の柱状図、選択したエリアの「立体図」(表示にはプラグインが必要)さらには任意の場所を選んでその「断面図」を見ることもできる。
※正式名称は「都市域の地質地盤図『東京都区部』」。経済産業省の第2期知的基盤整備計画の重点化項目として実施された
「3次元地質地盤図〜東京23区版〜」が完成したことで、東京都心部の地下構造が3Dで可視化された。その結果、東京・下町の地下にあると言われていた軟弱な地層(沖積層)の分布が詳細に可視化されたほか、これまで地盤が固いと考えられてきた山の手・武蔵野台地の地下にも、軟弱な地層が分布するエリアがあることがわかったという。
このたび、「3次元地質地盤図〜東京23区版〜」作成の中心メンバーである産総研 地質調査総合センター 地質情報研究部門 情報地質研究グループ グループ長の中澤努博士と、同グループ主任研究員 野々垣進博士に、作成手法や研究成果、想定される活用シーンなどを聞いた。
まずは「3次元地質地盤図〜東京23区版〜」の作成手法について。一般に地質調査では、地面に孔(あな)をあけて地層を調べるボーリング調査が行われる。中澤氏ら研究グループはまず、東京都土木技術支援・人材育成センターが保有していた約5万地点分のボーリング調査データの提供を受けた。
「東京都からのボーリングデータ量が多いのは嬉しいことですが、いかんせん、工事用のデータなので、地質の記載は簡素です。ちょっとこれだけだと、地層がどうつながっているのか十分に理解するのは難しい」(中澤氏)
そこで研究グループでは、対象エリアの要所要所で独自のボーリング調査を実施。詳細な地質データを取得し、地層の区分を行った。
「これを基準データ、つまり軸にして東京都の工事データと対比していきながら、約5万点の工事データの地層を手作業で区分していきました」(中澤氏)
地層区分データができあがると、今度はそれをコンピューター処理し、地層の境界面を推定する。さらに、この地層の境界面を、地層の浸食や堆積といった情報と組み合わせながら、コンピューター上で何層も積み重ね、ようやく「3次元地質地盤図」ができあがった。
ちなみに3次元の地質図は海外でも見られるが、「ここまで広範囲にわたり、詳細な情報が得られるものはない」と野々垣氏は胸を張る。
「例えば、イギリスでも公的な地質調査機関が同じような3D地質地盤図を作っていますが、専門家が手で描いた断面図をつなぎ合わせたものになっていて、コンピューターで詳細に描き出したものではありません。また、オランダにも同様のものがありますが、ここまで詳細なものではありません。私たちの『3次元地質地盤図』は、世界でも類を見ない取り組みであると言っていいと思います」(野々垣氏)
今回「3次元地質地盤図〜東京23区版〜」が完成したことで、東京の地下構造について、どういったことがわかったのだろうか。東京23区は、東西南北32キロほどの平野だが、地形を見ると、東は下町の低地、西は山の手の武蔵野台地に分かれている。
以前から、低地側の地下には「約2万年前の氷期(氷河期)にできた深い谷があり、その谷を埋めるやわらかい泥層(沖積層)があるため、地盤が軟弱である」と言われていた。しかし今回、地下構造の詳細が明らかになったことで、「低地にもいろいろな場所があることがわかってきた」と中澤氏は話す。
「例えば、谷の縁(へり)では谷底は浅くなる。つまり軟弱な沖積層が薄くなるわけです。そういった場所が、どこにあるのかわかってきた。例えば小岩(江戸川区)辺りは、下町の低地ですが、実は比較的地盤が固いことがわかってきました」
一方、武蔵野台地側は、「地盤が固く地震に強い」というイメージが一般に浸透している。しかし、今回地下構造を明らかにしてみると、台地の下に、実は低地と同じような谷地形がある場所があり、そこには沖積層に似たやわらかい泥層が埋まっていることがわかったという。
「その場所は、成城や用賀などの世田谷の一部エリアと、代々木から高輪につながるエリアになります。特に世田谷の一部エリアでは、地震が起きたときの地面の揺れの特性が、下町低地の揺れとほぼ同じになるような場所までありました。
つまり一概に下町の地盤が軟弱で、山の手が堅牢というわけではなく、その中にもいろいろ地盤があるということが、今回の『3次元地質地盤図〜東京23区版〜』によって明らかになってきたのです」(中澤氏)。
では「3次元地質地盤図〜東京23区版〜」は、具体的にどのような場面で利用されるのだろう。中澤氏はまず「ハザードマップ作りなどに利用して、より高精度な防災対策につなげられる」ほか、「3Dでわかりやすく表示されるため、地域住民や子どもの防災教育にも役立ててもらいやすい」と防災分野での活用に期待をにじませる。
さらに中澤氏は、「工事関係者が効率的な建設計画を立てる際にも役立つ」と、建設業界での活用を挙げた。
「よく業界では、予測できなかった地層が出てきたことによるコストの増加を『地質リスク』と呼び、計画を立てるときには、これをいかに減らすかが重要だと言われています。この地質リスクを減らすためにも、私たちが開発した『3次元地質地盤図』が利用できるのではないかと期待しています」
現在「3次元地質地盤図」は、東京23区版と千葉県北部版が公開されているが、研究グループでは2024年をめどに、埼玉県南東部、千葉県中央部、神奈川県東部など、首都圏の主要エリアにまで対象を広げる計画を立てている。さらにその先には、「名古屋や大阪など全国の主要都市で作成することも視野に入れている」(中澤氏)とのことだ。
巨大地震のリスクが高い日本において、自分が住むエリアの地下構造を理解しておくことは、防災対策をするうえで重要だろう。そのツールとなる「3次元地質地盤図」の対象エリアがさらに広まることを期待したい。