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【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.2】この“能力”があれば失業しない、AI時代の教育イノベーション

「この“能力”があれば失業しない、AI時代の教育イノベーション」イメージ図(Image by AI素材.com)

「この“能力”があれば失業しない、AI時代の教育イノベーション」イメージ図(Image by AI素材.com)

 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気が付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。第2回のテーマは「AI時代の教育イノベーション」です。(聞き手・執筆:高口康太)

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 米IBMのアービンド・クリシュナCEO(最高経営責任者)はブルームバーグのインタビューで、今後5年間で約7800人の従業員を削減するとの方針を明かした。生成AIによってバックオフィスの職員を約3割削減できるとの計算から弾き出した数字だという。

「米国において10~20年内に労働人口の47%が機械に代替可能」との衝撃的な試算が話題となったマイケル・オズボーン、カール・ベネディクト・フレイ「The Future of Employment」(雇用の未来)は2013年の発表。以来10年にわたり、このテーマは日本メディアの売れ筋ネタであり続けたが、「本当に仕事を奪うのか?」と疑問視する人も少なくなかった。しかし、昨年一気にブレイクした生成AIは、今度こそ本当に大失業時代が到来するのではとの危機感を強めるものとなった。

 新たな生成AI時代にどう対応していくか。すでに社会に出ている人にとっても大問題だが、それ以上に先が見えないのが子どもたちだろう。20年後、30年後に必要なスキルとはなにか。また、教育は今のままででいいのか。

 「AI時代に求められる能力とは」この考えても答えが見えにくい問題にどう向き合うべきだろうか?ベンチャー投資家として、世界の最新テック事情、スタートアップ事情に精通しているマット・チェン(※)さんに話を聞いた。

鄭博仁(マット・チェン)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・キャピタル)の創業パートナー。米国、中国を中心として世界各地のベンチャー企業に出資している。起業家時代から約20年にわたり第一線で活躍する有力投資家として、中国で「エンジェル投資家トップ10」に選出されるなど高く評価されている。

――AIが目覚ましい進化を遂げるなか、人間はどんな仕事をすべきなのか、どんな能力があれば居場所を奪われないのか、不安に思っている人は少なくありません。特に子どもの教育は悩みが深いです。いったい何を学ばせるべきでしょうか?

マット・チェン(以下、M): AI時代を迎えるなか、「次世代の子どもたちは何を学ぶべきなのか」「未来においてもっとも必要とされるタレントとはなにか」難しい問題です。予測することは困難でしょう。というのも、世界経済フォーラムは、子どもたちが将来つく仕事のうち3分の2は、現時点でまだ存在していない、まったく新しいものだと予測しています。まだ存在していない仕事につくためのスキルなんて、誰にもわかりません。

――医師や弁護士など専門性の高い資格はどうでしょう?

M:そうした仕事でも、AIは人間を超えようとしています。OpenAI社の最新モデル「GPT-4」は医学や法律の資格試験、MBAの入試、生物オリンピックなどの試験で、90%の人間を上回る結果を出しています。

――この資格をとれば一生安泰、という常識が崩されているわけですね。

M:ですから、今後、流行する能力はなにかを予測するよりも、流行り廃りに流されない能力とはなにかを考えることが重要です。そのために学校にどんな役割を求めるべきか、どんな時代にも必要となる基礎的な能力をいかに鍛えていくかを考えるべきです。

残念ながら、世界の教育産業はこれまでこの課題に十分に答えられてきませんでした。小売、エンタメ、交通などさまざまな産業は目覚ましいイノベーションを実現してきましたが、教育産業は百年前からさほど変化はありません。

それでも変動のきざしは見え始めています。2020年から3年にわたり世界を苦しめたパンデミックによって、オンライン授業などの新たな方式が一気に普及しました。AIの衝撃はコロナ以上と言えるかもしれません。十年一日だった教育産業も、ついにイノベーションが求められるようになったのです。

どのようなイノベーションが求められるのか。AI時代の子どもたちが伸ばすべき能力とはなにか。ここでは3つの事例からヒントを探っていきます。

リアル社会の中で学ぶ

M:第一の事例は2014年に開校したミネルバ大学です。その最大の特色は「都市が大学キャンパスである」こと。4年間の大学生活で、学生たちはサンフランシスコ、ソウル、ハイデラバード(インド)、ベルリン、ブエノスアイレス、ロンドン、台北と、世界7都市を移動します。(※編注 同校にはキャンパスがなく、授業はオンラインで行われる。学生は上記7都市の学寮などに滞在し、学年・学期によって都市を移動しながら授業を受ける。)

創設者のベン・ネルソンは、大教室での授業とテストという伝統的な教育では短期記憶能力しか測れないと考えました。それ以外の能力を育てるためにはどうすればいいのか。ミネルバ大学では滞在する各都市で現実の問題に向き合うことが求められます。政府、アート、カルチャー、サイエンス、ビジネスなど各分野に多様なパートナーがいますが、それらのプロジェクトにジョインして、教科書の問題ではない、リアルな課題に直面するのです。たとえばサンフランシスコではアクセラレーターの500Startupsを訪問。スタートアップ企業を分析、評価する手法を学ぶとともに、その方式を改善するための新たな提案を行うことも学生たちのタスクとなります。

――成功例を学ぶのでなく、実務で直面している課題を体験する、と。

M:そうです。実際の問題を解決するなかで、批判的な思考やコミュニケーションなどの能力を磨こうとしているのです。「学生を学科教育の中で孤立させてはいけない。社会に触れ合わせなければいけない」これが彼らのスローガンです。

こうした実践学習以外にも、自然科学や社会科学、コンピューターサイエンスなどの学科教育もありますが、すべてオンライン授業です。また、教師の発言は最低限とし、学生たちが主体的に学ぶことが徹底されています。

創立10年ほどとまだまだ新しいミネルバ大学ですが、すでに世界的な評価を得ています。雑誌『フォーブス』からは「未来の大学」と絶賛されましたし、ネットフリックスの創業者であるリード・ヘイスティングスは「未来の世界的リーダーの孵化器だ」と讃えました。入学希望者も殺到しており、合格率はわずかに1%とハーバード大学などの伝統的名門大学を上回る難関校となりました。

イーロン・マスクが作った次世代リーダー教育機関

M:次に紹介するのが、8歳から14歳までの子どもたちが学ぶオンライン教育プラットフォーム「Synthesis」(シンセシス)です。あのイーロン・マスクが、宇宙スタートアップ企業「スペースX」のキャンパス内に作ったプライベートスクール「Ad Astra」を前身として、2020年に設立されました。

シンセシスの最大の特徴はゲーミフィケーション(ゲームの要素を取り込んだ手法)型学習によって、子どもたちの問題解決能力を育てることにあります。毎週実施されるゲームでは、子どもたちはチームとなってオンラインゲームをプレイします。いかに協力するか、未知と混乱のなかで最善の決断をするにはどうするべきかをそこで学ぶわけです。

シンセシスは海洋資源の管理、森林火災の撲滅、美術館の経営、宇宙への移民などさまざまなゲームを用意しています。

――おお、なんかおもしろそう。経営ゲームっぽいですね。

M:美術館の経営では、入場客を集める美術品を入手することと、予算管理の両立が求められます。漁場管理者ならば、漁獲量の最大化と魚類保護のバランスをとる判断が必要です。ゲームを通じて子どもたちはリスク、確率、ゲーム理論などを学びます。また、チームメンバーの意見が一致しない時、どのようにコミュニケーションし共通認識にいたるか、チームの中で自分の役割は何かといった人生においてきわめて重要な課題を経験することもできます。

また、ゲーム形式とはいえ、一般的なゲームとは異なるのは正解やルールがないこと。ゲームは議論によって進められます。自ら考えチャレンジし、そして何度も失敗する。そうして子どもたちは成長していきます。

――なるほど、普通のゲームだと最適解となる攻略法がすぐに見つかりますけど、議論で進めるとなるとそう簡単じゃなさそうです。

M:3つ目は、2015年設立のPrimer(プライマー 本社・サンフランシスコ)で、こちらも注目すべき教育スタートアップです。7歳から14歳の子どもたちの独自学習をサポートするプロジェクトで、一人ひとりにあわせたパーソナル学習をメインとする点が特徴で、テストよりも課題解決能力を高めることに主眼を置いています。

独自学習中心ですが、一方で子どもたちのつながりを作ることにも力を入れています。作家、ゲーム開発者、調理、写真撮影、自然科学、音楽、発明など、それぞれの興味にあわせたグループを作り、一緒にその領域を研究するのです。

熱意があってはじめて、好奇心が生まれ問題解決の方法を探し当てることができる。そして、その探索過程において多くのスキルを学ぶことができるのです。プライマーの公式サイトには「メイラード反応(肉を焼いて褐色に変化する時などに生じる、還元糖とアミノ化合物を加熱して起きる化学反応)を学ぶ最良の方法は教科書の公式を覚えることではありません。おいしいチョコレートクッキーはどう作れるかを追求することこそがベストです」とあります。

クリエイティブとアナリティカル

M:次世代の子どもたちに必要な能力とはなにか、それを模索する3つの事例を紹介してきました。ミネルバ大学、シンセシス、プライマーには共通点があります。それは「リアルな問題の中から学び、知識を得る」ことです。

世界経済フォーラムの報告書「The Future of Jobs Report 2023(仕事の未来レポート2023)」では新時代に必要なスキルについて多面的な調査、分析を行っています。その結果ですが、現在必要な能力、将来必要な能力のトップ2は「Creative Thinking」(創造的思考)、「Analytical Thinking」(分析的思考)で共通していました。前者は今までにない新たな解決方法を導くために必要であり、後者は今までにない新たな視点から物事を考える能力です。

――「2023年現在のコア能力」と「5年後に必要な能力」、どちらもこの2つがトップなのですね。それだけ根源的で、流行り廃りに流されないものなのだ、と。

M:思うに、知識やスキルの多くは今後、AIが担うようになるでしょう。その変化のスピードは残酷なまでのハイペースで進み、人間が対抗することは不可能です。となれば、必要となるのは知識やスキルではなく、現実の問題を解決する能力です。そのためには教育を行う場所、教材、形式のすべてを変える必要があるのではないでしょうか。

日本、韓国、中国、台湾など東アジアの国と地域は、学力テストの結果は世界上位にあります。ですが、その教育方式は教師からの知識伝達や暗記に偏っています。ミネルバ大学やシンセシス、プライマーなどの形式とは対照的です。だからといって悲観する必要はありません。今後の教育イノベーションによって、東アジアの教育に欠けている要素が補完されると、楽観的に考えることができるのではないでしょうか。

新時代の教育イノベーションはまだ始まったばかり。さまざまな形態の未来の学校がまもなく出現するでしょう。その進化に今からワクワクしています。

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 学生によるChatGPTの利用を認めるべきか。今、教員たちを悩ませている問題だ。知人の大学教員から、実際にChatGPTで書かれたリポートが提出されたとの話も聞いた。平均点以上の出来に見えたが、学生本人はそのリポートの内容をまったく理解していなかったのだとか。

 私も大学で講義する機会があるだけに他人事ではない。個人的には、AIを使いこなす能力は今後、重要なスキルになることは間違いないので、どんどん使っていけばいいと思う。一方で、学生がAIを使うことを前提として、授業や評価を行うように変更するのはなかなかに大変だ。

 東京大学は生成系AIについて」と題した文書で次のように指摘している。

 現状では生成系AIを用いて作成した論文・レポートであることを高精度で見出すことは困難な状況です。したがって、教員はレポートや提出論文の審査に関しては、十分そのことを認識した上で評価を行う必要があります。つまり、論文やレポートなどの書面審査だけでなく、対面でのヒヤリング審査・筆記試験などを組み合わせ、本人が本当にその論文を作成したのかについても吟味する必要が出てきます。

 現時点ではベストの対応だろうが、これを実行するだけのマンパワーを持っている大学はそう多くはないのではないか。AI対応は教育現場にとって面倒な作業になる。ついブルーになりがちな話題だが、マット・チェン氏は詰め込み型学習に偏っていた東アジアの教育が変わるチャンスだと楽観的に語ったのが印象的だった。AI時代の大変な改革をくぐり抜ければ、学生の主体性と創造性が発揮される新たな世界が待っている。そうしたポジティブな未来像の共有が、改革を乗り越えるために必要なのだろう。

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ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。