本連載の目的は、前回も記載したようにより広く「生命」について興味を持ってもらい、考え、アクションしてもらうことである。最近の生命科学・生命工学(以降“バイオ”)に関連する情報が多いことを考えると、「バイオ」というキーワードに興味がある人は多いのではないだろうか。一方で、興味はあるが、もう一歩踏み込んだ学問としての“バイオ”に触れたことがない方がほとんどだと思う。一度興味を持ったなら、正しい知識を身につけることでその深さをより味わうことができるはずだ。そうすれば、世の中に溢れている情報に踊らされることも少なくなるだろう。
今回から数回に分けて、“バイオ”の知識を深める方法について筆者のお勧めをいくつか紹介していく。特にお勧めするのは、実際に自分で手を動かして実験してみること、すなわち「体験」することである。世の中にはいくら本を読んでも体験しないとわからないことばかりである。そこで、今回は”バイオ”が体験できる企業、コミュニティーをいくつか紹介する。
【企業】株式会社リバネス (新宿区)
【コミュニティー】BioClub (渋谷区)、FabLab (横浜市、浜松市など)、YCAM バイオ・リサーチ (山口市)
科学教育に力を入れている企業や団体が“バイオ”に関する知識や体験を正確に伝えるためのワークショップなどを開催している。
科学技術の発展と地球貢献に資する活動に力を入れている企業である。特に科学教育の場作りに長けており、小中高生を対象とした実験教室や課題研究をベースとした教育プログラムなどを実施している。また、都内に研究開発型ベンチャーのインキュベーション機能も兼ね備えた研究所を持っていることが特徴である。日本でも最近はバイオコミュニティーによる一般向けのバイオラボは出来てきているものの、それよりも早い時期から研究所を所有しており、生命科学教室やロボット教室を盛んに行ってきている。
さらに、大学の学部生、大学院生、研究者に対して、科学を対象者に合わせてわかりやすく伝え、異分野と連携して課題解決を牽引する人材「サイエンスブリッジリーダー」の育成講座も実施しており、科学を伝える根本的な意義から教育している。
この他、様々な企業や団体によるワークショップもたびたび開催されている。特に、夏休みなどの長期休みに合わせて子供、学生向けのイベントが多く催される。是非インターネットで調べていただきたい。
“バイオ”の専門研究機関に属していない人たち(いわゆるバイオハッカーと呼ばれる)によるコミュニティーの形成や活動を「ストリートバイオ」や「DIYバイオ」などと呼んでいる(詳しくは片野さんの記事をご覧いただきたい)。イギリスやアメリカでいち早く起きたこの流れは、世界中にそのネットワークを広げている。このようなコミュニティーからスタートアップ企業も生まれてきており、DG Labが主催した「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2017 TOKYO」でも“DIYバイオの潮流とアントレプレナーの育成”というタイトルで議論が行われた。(詳しくは庄司里紗さんによる記事をご覧いただきたい)
今年の9月には、世界中のバイオコミュニティーメンバー約200人を集めて、ワークショップやカンファレンスを行うGlobal Community Bio Summit (以降Bio Summit)がボストンで開催された。Digital Garageもスポンサーとなり、DG Labからも筆者含めて二人が参加した。
このように世界各国にバイオコミュニティーが存在し、興味を持っている人たちと共に活動を行なっている。同じ興味を持った異分野の仲間と議論するのもとても刺激的な時間が過ごせるはずだ。
グッドデザイン賞2017を受賞した小さなラボを渋谷に持つコミュニティーである。毎火曜日には誰でも参加可能なオープンミーティングが開催されており、様々な分野の人達が集まる。
アーティストであり東京大学の研究者でもあるGeorg Tremmelさんがファウンダーの一人だ。彼の人脈によって、世界中からバイオコミュニティーのメンバーが訪れる。例えば、MIT Media LabのDavid Kongさんが訪れ、彼自身の仕事や、世界的に有名なハーバード大学の遺伝学者であるGeorg Church博士の監修するオンライン講座Bio Academy受講(詳しくは片野さんの記事をご覧いただきたい)の話、そして彼がホストするBio Summitの概要が話された。
また、BioClubでは、オランダのWaag Societyがバイオハッカー育成のために主催する講座BioHack Academy(Bio Academyとは異なる)を受講できる。自ら実験機器を作り、バイオの知識と実験技術を習得するレクチャー形式だ。筆者も2016年に参加した。異なる知識を持つ人たちが集まり、議論しながらプロジェクトを進める楽しさが味わえる。
2018年2月10日(土)-17(土)には、BioClubのGeorg Tremmelさん、石塚千晃さん、インドネシアのアート集団Lifepatchのアンドレアス・シアギャンさんがプログラムディレクターを務めるクリエイティブキャンププログラムBioCamp: Gardens as ‘Biotechnik’が開催される。“バイオテクノロジーとアート”をテーマにし、バイオテクノロジーの思索と実験を行う。
メディアカルチャーをテーマとした日本初のプラットフォーム機能を持つ国際イベント「MeCA | Media Culture in Asia: A Transnational Platform」の一環であり、国際交流基金アジアセンターと一般社団法人TodaysArt JAPAN/AACTOKYOが主催する。国内外から公募により選出された参加者や多彩なゲストによるワークショップも多数開催予定だ。一般公開イベントもあるので“バイオテクノロジーとアート”に興味のある方は是非参加してみると良いだろう。
FabLabネットワーク内でも“バイオ”を学ぶ流れが起こっている。FabLabは、デジタル工作機械を備えた一般市民に開かれた工房である。現在世界107ヶ国、1204箇所に拠点を持つ。電子工作の知識を身につけ、様々な機材を駆使しながらプロトタイピングやものづくりに励む人たちが集まる。最近では、菌糸体や紅茶キノコなどを培養し、地産地消のマテリアルを使ったものづくりや、顕微鏡やインキュベーターなどの”バイオ“に必要な機材を製作しながら実験を行うラボが少しずつ増えている。
先にも記したオンライン講座Bio AcademyはFabLabが中心となり受講ができる。講座にはコミュニティーバイオラボも参加しているので、ものづくりと“バイオ”のプロ同士が情報交換できる場でもある。“バイオ”の様々な分野における専門家から最新の研究に関する高度かつ濃い内容の講義を受講できるのが魅力だ。さらに、毎週課される実験課題を各ラボでこなしながら実験手法を学んでいく。日本ではすでに、FabLab鎌倉から1名、FabLab浜松(Take Space)から2名、YCAMから2名がこの講座を修了している。
今年の日本からの受講者は政治経済学部出身の社会人である。“バイオ”のバックグラウンドを全く持たないが、この分野への可能性を感じて受講している。インストラクターのサポートを受けながら、週末も勉強会および実験課題を行なっている。必要なものを自ら作り、実践したことをまとめて、オープンソースとして世界に発信するFabLabらしい感覚を取り入れながら、楽しく学んでいる。
山口市の山口情報芸術センター[YCAM]内のプロジェクトである。老若男女が集う素晴らしい施設内に実験室がある。図書館の隣にある実験室は透明で、廊下から実験室内が見える。バイオテクノロジーとYCAMの強みであるアートや教育、地域活動を組み合わせた新しい表現や価値観を提案した作品を見ることができる。これまでに様々な体験ワークショップも開催されている。
筆者の好きなプロジェクトは「パンと酵母」と「森のDNA図鑑」だ。「パンと酵母」は、環境中の酵母を自分たちで採取し、パンを作るプロジェクト。酵母の種類によってパンの膨らみが異なることが興味深い。「森のDNA図鑑」は、実際にワークショップ参加者と森へ行き、そこに生息している植物のDNAを採取・解析し、図鑑を作っている。バイオとアートやデザインの人たちが協力しながら作り上げたものであるYCAMらしさがうかがえる。
YCAMにも前述のBio Academyを修了したスタッフ、伊藤隆之さんと津田和俊さんが在籍しており、Bio Academyの受講が可能である。
2017年12月15日(金)-17(日)にはオープンラボが開催される。16日(土)にはこれまでのYCAMバイオ・リサーチの取り組みの紹介と今後の展望を構想するトークイベントもあるので、興味のある方はそちらに参加してみるのも良いだろう。
世の中に溢れる情報を一方向的に受け取ることが多い時代だからこそ、実際に人が交流し、双方向的に学び合うことで得られる知識が重要だ。そのような体験を通して、知の集約・拡散を促進したい。本記事がそのきっかけになれば幸いだ。
(謝辞: 各企業、コミュニティーの皆様には、詳細な情報と写真提供のご協力ありがとうございました。)