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中国の勝ちパターン「技術は後からついてくる」は基礎技術分野でも通用するか

AIチップ「Ascend」が発表されたHuawei Connect2018のキーノート

AIチップ「Ascend」が発表されたHuawei Connect2018のキーノート

 「硬科技」という言葉がある。中国・西安光学精密機械研究所の研究者にしてインキュベーション企業・中科創星の創業者である米磊博士が提唱した概念だ。英訳は「Hard & Core Technology」。

 以下の図を見てもらえば、意味はわかりやすいだろう。一般的な「テクノロジー」(科技)よりも、高度でコピーが難しいものが「ハイテク」(高科技)。さらに難しいものが「硬科技」というわけだ。ちなみにその上にも「ブラックテクノロジー」(黒科技)、「SF」(科幻)という段階があるのだとか。

中科創星の公式サイトより「硬科技」の解説

中科創星の公式サイトより「硬科技」の解説

 出世魚型テクノロジーという、なんだか冗談のような話だが、実は中国で大真面目に議論されているのだ。米磊博士は西安を視察した習近平総書記、李克強首相に“ご進講”されたほど。李克強首相は「硬科技とはハイテクよりもハイレベルの技術を意味する。面白い主張ですね。記憶しました」と返答したと、中科創星の公式サイトには誇らしげに記述がある。たんに相づちを打っただけのようだが、人治主義の中国では「偉い人に認められた」ことは大きな力を持つ。というわけで、「李克強も認めた」は硬科技の大看板なのだ。その甲斐あってか、西安市は硬科技を強く支援し、2017年には「西安世界硬科技イノベーション大会」なるイベントを開催するにいたった。

見劣りしていた中国の基礎研究に基づく科学技術分野

 こうした流れを見ると、硬科技はテックトレンドというよりも、政治的な潮流と思われるかもしれない。確かにそうした側面はある。だがそれ以上に大きいのが、技術開発を新たなステージに引き上げるという方向性で政府、企業の考えが一致している点にある。

 伊藤亜聖・東京大学准教授(中国経済)は中国のイノベーションについて、製造業の集中と分業体制に基づくサプライチェーン型、大手インターネット企業にけん引されるデジタルエコノミー型、法的にグレーゾーンのサービスでもチャレンジする社会実装型、基礎研究に基づく科学技術型の4つに分類している。

 スマートフォンやドローンに代表されるようなハードウェアがサプライチェーン型。決済やECなどモバイルインターネットの高度な発展がデジタルエコノミー型。シェアサイクルや監視カメラによる個人データ収集など法が未整備な分野でも果敢に新ビジネスが立ち上がるのが社会実装型と説明できるだろうか。この3分類こそが中国企業が成功を収めている分野だ。

 一方、地道な研究開発が必要な科学技術型については、中国の成果は他国と比べれば見劣りすることは否めない。言い換えるならば、中国のイノベーションは技術の巧みな応用や社会実装の早さに強みがあるのであり、基礎技術から生まれるイノベーションはウィークポイントなのだ。

 この課題は中国政府もよく理解しているようだ。李克強首相は2015年7月、国家科技戦略座談会に出席した時、「頂点立地」という言葉で科学技術研究の方向性を示している。「頂点」とは世界トップの技術を目指すハイレベルの研究を指し、「立地」とはマーケットトレンドに合わせた技術の活用を意味する。基礎技術と応用研究を両立させなければいけないと号令しているわけだ。応用研究ばかりが急成長を遂げた今、残る基礎技術のレベルアップが急務となっている。

 中国の名門大学・清華大学旗下の創業支援企業であるタススターの劉博投資総経理は、支援対象となる企業は独自の技術を持っている企業が中心だと話している。応用技術による新ビジネスは短時間で立ち上げることが可能なだけにベンチャー投資の花形となっているが、高度な技術が不必要なだけにすぐに他企業に模倣されてしまうリスクもある。容易に模倣されることのない、基礎技術の積み重ねこそが必要との考えだ。

*参照記事 「ベンチャー育成にみる日中戦略の違い~「選択と集中」と「裾野の広さ」 | DG Lab Haus 

 では今、中国で研究が進む基礎技術にはどのようなものがあるのだろうか。硬科技ではAI(人工知能)、航空宇宙、バイオ、光チップ、情報技術(量子科学、ブロックチェーン、ビッグデータなど)、新材料、新エネルギー、スマートインダストリーの8分野を指定している。

加速するAIチップの独自開発

 この8分野の中でももっとも華々しい動きを見せているのがAIだ。検索最大手バイドゥ、EC(電子商取引)最大手アリババ、メッセージサービス最大手のテンセント、3社の頭文字を取ってBATと呼ばれる中国三大IT企業を筆頭に、大手企業はいずれもAIの開発、活用に積極的だ。特に今、ホットスポットとなっているのがAIに必要不可欠なAIチップの独自開発だ。

 バイドゥは今年7月、独自のAIチップ「崑崙」を発表。アリババも9月にAIチップ開発を担う子会社「平頭哥」の設立を発表した。さらに10月には通信大手のファーウェイが独自のAIチップ「Ascend」を発表している。

 米中貿易摩擦が過熱するなか、半導体の中国国内開発を進めたいという思惑もあるが、それ以上に応用技術ではなく基礎技術から掌握しなければ今後の競争には勝てないとの考えから、各企業の研究開発が加速しているようだ。

基礎技術の遅れを自覚し猛烈な取り組みを開始

 最近、日本メディアでたびたび取りあげられるのが中国のイノベーション。「中国すごい」のニュースが毎日のように取りあげられている。一方、中国側の自己認識は異なる。時間がかかる基礎技術についてはまだまだという自己評価なのだ。今こそ、基礎技術でもキャッチアップするチャンスだと、中国は猛烈な取り組みを続けている。中国全体で研究開発費は1兆7500億元(約28兆4000億円)と世界2位。エンジニアの数では152万人と米国を抜いて世界一というからすさまじい(2015年実績)。

 中国企業には勝ちパターンがある。それは「技術は後からついてくる」、だ。たいした技術力はなくとも、アイディアで一発あてれば資金が獲得できる。資金があれば人材を引き抜いたり会社を買収したりと技術は獲得できる。中国のスマートフォンメーカーがその典型だろう。安かろう悪かろうの製品だったかと思えば、あっという間に安くて出来のいい商品、に進化し、今では世界のスマホ・トレンドをリードする存在へとのしあがった。

 「技術は後からついてくる」、この勝ちパターンが基礎技術の分野にも応用できるのかどうかが、今問われている。

高口康太 Written by
ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国専門のジャーナリストに。『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』など各誌に多数の記事を寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。